2015東日本豪雨水害

被災地NGO恊働センターです。2015年9月に発生した東日本豪雨水害の救援レポートです。

2015年10月


 当センターでは、引き続き避難所の環境整備と足湯活動をしています。また、私たちと一緒に常総入りしたコミサポ広島の副代表小玉幸浩さんは新井木地区の現場リーダーとして活躍しています(http://www.asahi.com/articles/ASHBF36T8HBFUJHB002.html)。常総市水害対応NPO連絡会議の事務局のある認定NPO法人茨城NPOセンター・コモンズに今回の水害対応をする団体として「たすけあいセンターJUNTOS」(以下JUNTOS)ができています。そこに、偶然にも20年前の仲間が訪ねてきていました。その仲間は、去年亡くなった黒田さんが代表だった阪神高齢者・障害者支援ネットワークで活動していた仲間で、現在は茨城で障害者施設の職員をしています。その仲間が、障害者の人たちでもお手伝いができないかと、JUNTOSに訪ねて来たそうです。そして今回小玉さんが活動している地域に泥だしのボランティをしたのです。最初は戸惑いもあったかと思いますが、ボランティアを通してそれぞれの気づきがあったようです。
 
以下お手紙の一部をご紹介します。
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いつもお世話になっています。ボランティアが楽しくなってきました。
役に立ってよかったです。元気だしてください。
参加できてよかったです。ありがとうございました。
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障害者というと、どうしても支えられる側になりがちですが、こうして障害があっても支える側にまわることができます。阪神・淡路大震災の経験から障害者支援をしている「NPO法人ゆめ風基金」が「障害者市民 防災提言集」というのをまとめています。その中には、「当事者の意見を取り入れるべきだという、行政への呼び掛けであると同時に当事者と支援者への啓発でもある」という思いが込められています。

今回の常総市では、外国人の方たちも多く、小学校にいくと1割以上がブラジル人であったり、フィリピンの人も多い地域です。私たちが関わっている避難所ではネパールの人もいて、日本食がほとんど食べられない人もいます。女性でも着替えのスペース、洗濯干場など、障害児が安心して避難するスペースの確保も当初はありませんでした。小さなお子さんのいる若いお母さん方は、子どもたちが遊びまわっていることに気をつかい、精神的に不安定になる方もいます。どんな人でも安心して避難生活ができる環境整備はいまだ未整備な状態が続いています。これは阪神・淡路大震災の被災地KOBEの被災地責任がまだまだ果たせていないことを痛感させられ、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

子どもスペース_s

そんな厳しい環境中でも、ある外国人の女性は「ボランティアしたい」と言っていて、たまたま足湯とお茶会をしていると、足湯ボランティアに参加してくれました。その後も炊き出しと一緒に足湯活動に参加してくれました。足湯をして喜んでくれるおばあちゃんの笑顔をみて「可愛い。喜んでくれてうれしい」と楽しそうに笑ってくれました。
他にも避難所で生活している若いお母さんなどが、お茶会や足湯のお手伝いをしてくれました。こうして、お茶会などをきっかけに避難生活している人も少しずつお互いの顔をしったり、つながりができたり、役割ができていくと自然と避難所のコミュニティも構築されるのでしょう。避難者であっても一人の生活者です。要援護者でも支える側に回ることもできるのです。それぞれの持っている個性を生かすことができる環境さえあれば、被災者であっても、自立に向けて前を向いて歩いていけると思います。むしろ私たち支援者はそれを引き出す役割があります。

ネパール1_s

 
ネパール2_s

 
ネパール3_s

これまでのニュースでお伝えしてきた、避難所でのおにぎりとパンの配給は、市民側の提案の甲斐あって、1ヶ月以上たった10月16日からお弁当に切り替わりました。不足していた布団もやっと調達してくれました。今後は、在宅避難者への物資の配給や炊き出しなどを充実させていけるように「常総市水害対応NPO連絡会議」を通して、活動をしていきたいと思います。

レンタル布団_s

 
お弁当_s

茨城県外では、水害のニュースもほとんど報道されていないと聞きますが、いまだ被災者の方は、床上げをした自宅の2階で避難生活をしていて、井戸水を使っていた人は、大腸菌が発生したということで水が使えず、煮炊きもできずにおにぎりなどの外食で賄っているという人も少なくありません。いまだ泥出しも終わっていないお宅もあります。ボランティアも減っていて、炊き出しなどの申し出も激減しています。ぜひ、常総市の近隣の方はボラティア活動に参加してください。よろしくお願いします。

足湯記事_s

足湯のつぶやきを紹介します。
「もう、神も仏もない」(70代男性)
「1m以上も水がきたのに、半壊の判定で、不服申し立てをして明日2次調査がくる」(50代男性)
「贅沢は言わないけれど、白いご飯とお漬物と魚が食べたい」(60代女性)
「11月末で避難所を解消なんて、私たちにここから出て行けといのうは、死ねということか」(60代女性)
 

 引き続き「活動支援金」の募集をしています。支援金は復興に中長期にかかわる被災者支援を行うためのボランティア活動に使わせて頂きます。

これまでの20年間の経験とネットワークを生かし、可能な限り対応していきたいと考えています。是非、みなさま方々のご支援、ご協力をお願いします。これまでの20年間の経験とネットワークを生かし、可能な限り対応していきたいと考えています。是非、みなさま方々のご支援、ご協力をお願いします。なおこうした私たちの支援活動は、みなさまはじめ日本財団やCivic Forceさんからのご支援で行なっています。
                                                       (増島 智子)

水害から1ヶ月が過ぎました。犠牲になられた方々には心よりご冥福をお祈りします。また、被災された方にはお見舞い申し上げます。

いまだ、常総市には7ヶ所の避難所に336人、結城市1ヶ所5人、つくば市6ヶ所48人(11日正午現在)の人々が不自由な生活を強いられています。また、在宅避難者の方も、床を剥ぎ、そこにコンパネや段ボール、ブルーシートなどをひいたり、2階が浸水していなければ2階で生活したりするような生活をしています。けれど、家財はすべて水に浸かり、冷蔵庫も炊飯器も、ガスコンロも、鍋、釜、お皿からすべてを失くしています。トイレもお風呂も全てです。それは「生活」をするというレベルではありません。

10日には市外にあった避難所の第1次統合が行われました。何もない体育館に移動してきた避難者の人たちは自分たちで居場所の確保を始めていました。間仕切りも断熱の段ボールもなく。現場に到着したボランティアのメンバーとおおわらわで、動線を確保し、世帯に合わせたスペースの確保を行い、各保管場所などかき集めた段ボールベッドの設置、布団の導入、間仕切りのセッティングを行い、何とか形を整えることができました。けれど、当日まで移動してくる世帯や人数もわからず、2日前に避難者の方に移動が伝えられ、受け入れ側の被災者の人への周知は当日までもありませんでした。
阪神・淡路大震災から20年を経たいま、当時の教訓が生かされていない現実に憤りを感じました。

体育館_s - コピー (2)

部屋割_s


すでに寒さも厳しくなってきた避難所では、布団が不足し、お弁当の要請はしているもののいまだに食事はおにぎりとパンです(16日からはお弁当が提供される予定)。避難所によっては、シャワーだけしかないところ、お風呂があっても16時~21時まで、夕食は18時~19時までのところがあり、仕事をしている人は間に合わなかったりしています。それでも避難生活だからお風呂も、食事も我慢しなければならないのでしょうか??

レイアウト_s - コピー (2)

段ボールベッド_s

ある避難所から移動してきた被災者の方が、体育館に間仕切りをして、段ボールベッドを用意していたら、「こんなにしてくれるの???幸せだ~」と言ってくれた言葉に驚き、「前の避難所ではどうだったのですか?」と訪ねると、「間仕切りもなく、前は床に毛布を数枚敷いただけで、段ボールベッドは、高齢者や障害者だけでした」というお返事でした。

当センターも加盟し、認定NPO法人 茨城NPOセンター・コモンズに席を置く「常総市水害対応NPO連絡会議」(63団体)が1ヶ月目にあたる10日に常総市長に支援策についての提案書を手渡しました。その後、常総市長もボランティアと連携しながら支援活動に取り組む旨をお約束してくれました。今後も埋もれている課題に対し改善の努力を行っていきます。

避難生活をしている方から、写真のようなプレゼントを頂きました。負けないぞうの飾りもつけてくれましたよ!ありがとうございます。

まけないぞう_s - コピー (2)

足湯のつぶやきを紹介します。
「春になったら、ふきを買ってきて、ふきみそを作って食べていたの。冷凍していつでも食べられるように。贅沢は言わないけれど、そんなふきとお漬物さえあればいいんだけれど」(60代女性)
「4ヵ月の赤ちゃんのお風呂を入れるのが大変。ここはシャワーしかないから、ベビーバスだともう入らないから、洋服などをいれる、クリアケースにお湯をためて、お風呂に入れているの。それでも2日~3日にいっぺんしか入れられないわ。」(60代女性)
 
 引き続き「活動支援金」の募集を開始しています。支援金は復興に中長期にかかわる被災者支援を行うためのボランティア活動に使わせて頂きます。

これまでの20年間の経験とネットワークを生かし、可能な限り対応していきたいと考えています。是非、みなさま方々のご支援、ご協力をお願いします。これまでの20年間の経験とネットワークを生かし、可能な限り対応していきたいと考えています。是非、みなさま方々のご支援、ご協力をお願いします。なおこうした私たちの支援活動は、みなさまはじめ日本財団やCivic Forceさんからのご支援で行なっています。  
(増島 智子)

間もなく、1ヶ月が経とうとしています。茨城でも日に日に朝晩は寒くなってきています。体育館の避難所では、寒さ対策のために布団や毛布を配布しているのですが、不足していて間に合わない状況です。すでに風邪などをひき始めている人もいらっしゃいます。また配給の食事も、いまだにおにぎりとパン、カップラーメンなどで、栄養の偏りが懸念されています。

パンとおにぎり_s

また、ペットなどがいたりする家族は避難所に入れないため、被災した自宅に戻っている人がいます。けれど、ほとんどが浸水家屋のため、2階がある人は2階で、また現場リーダーに聞いた話では、平屋などの人は、床を剥がし、その上に段ボールなどをひいて薄いタオルケットをひいて寝ていて、水道も出ずに、井戸も水が濁っているので、水がなくて困っているという声を聞き、お水を届けたそうです。あまりにも悲惨な光景にリーダーさんは涙ながらに報告してくれました。また別の現場でも、同じような状態で、学校に通う子どもたちもいるのに、食事もままならず、窮乏を訴える人もいて、いくらやってもやっても改善されない状況に「心が折れてしまう」と訴える現場リーダーもいます。

配給停止_s

炊き出し_s

そのような状況下で、物資の供給が10月4日で終了し、在宅の避難者は家財すべてが水につかり煮炊きもいまだできない状況でただ寝るだけの生活にも関わらずです。避難所の現場では職員の方がその都度対応はしてくれているものの、声を上げられない、車も水没して取りにくれない人も多くいます。
また、被災家屋についても、床上1メートル未満の場合、応急修理制度では現行56万7千円しか出ず、被災者生活再建支援金がもらえない状況です。けれど、これまでの過去の被災地においては、自治体による柔軟な対応により、応急住宅修理についても兵庫県の佐用町で起きた水害の時は70万円ほど出た事例があります。また能登半島地震でも生活支援金が現行制度では最高300万円のところ、自治体の裁量で横出し・上乗せをし770万円まで支援する仕組みができました。
もちろんここ茨城県でも今年4月に県ではこうした問題が想定されるということで、独自の被災者生活支援の制度を創設されていました。ぜひ、このような仕組みを充足させ、被災者の人たちを最後の一人までの救ってほしいです。
当センターも参加している地元の常総市水害対応NPO連絡会議では、このような被災地の状況を鑑み、常総市や茨城県に声をあげています。
足湯_s

足湯のつぶやきを紹介します。
「廃材や泥などを回収するのに産業廃棄物扱いになり、お金もかかり捨てることができなくて困っているんだよね」(60代男性)
「ここでは、シャワーしかないから、足湯だけでも体が温かくなって気持ちいい」(60代女性)
「こんな足湯があるなんて知らなかった。家に帰りたいけど、まだ大工さんもいつになるかわからないし、まだプロパンガスもついてないし、何もできないからここに(避難所)お世話になっているの」(70代女性)
 
 引き続き「活動支援金」の募集を開始しています。支援金は復興に中長期にかかわる被災者支援を行うためのボランティア活動に使わせて頂きます。

  これまでの20年間の経験とネットワークを生かし、可能な限り対応していきたいと考えています。是非、みなさま方々のご支援、ご協力をお願いします。これまでの20年間の経験とネットワークを生かし、可能な限り対応していきたいと考えています。是非、みなさま方々のご支援、ご協力をお願いします。なおこうした私たちの支援活は、みなさまはじめ日本財団やCivic Forceさんからのご支援で行なっています。
                                        (増島 智子)

数日前に初めて決壊現場を見ました。いまだ手つかずの現場をみて、まるで津波の後のような光景に言葉がでませんでした。津波に遭い避難している子どもはあの水害の川の濁流をみてフラッシュバックを起こし、精神的にダメージを受けている子もいると聞きました。

決壊現場2_s

決壊現場1_s

決壊現場3_s

決壊現場4_s

 避難所に避難している被災者の方の被災家屋に、3週間を過ぎてやっと床を剥いで、泥出しが行われました。家の中の壁にはカビが生えてきていました。たまたま、静岡や愛知からきていた大工さんやボランティアさんが柔軟に対応してくれました。その後も常総市災害ボランティアセンターの現場リーダーさんが引き継ぎ、家の掃除がはるかに早く取り組め、被災者の方もいつになるのか、先が見えない状態だったけれど、とても助かりましたと、笑みがこぼれました。これも現場で泥にまみれながら活動してくれているボランティアさんたちのお陰です。

泥出し1_s

泥出し2_s

カビ_s

階段_s

あの日家も流され、今は実家に身を寄せている人に足湯をさせて頂きました。旦那さんもあの日流され、一瞬は死んだかもしれないと思ったけれど、下流の方で救助されたと聞きました。「実家にいても気を使うし、何もすることなくて・・・。こうして何かあると出てきて、みんなに元気もらうんだよ」とお話ししてくれました。本当に津波に遭われた被災者の人たちと同じような言葉を聞きます。
東日本の被災者の人たちもあの光景を見て、心配してくれています。まけないぞうを被災地でプレゼントしているよと、お話しすると安心してくれました。

足湯_s

まけないぞう_s

足湯のつぶやきを紹介します。
「配給のおにぎりは硬くて喉をおっこちていかないのよ。だからパンを食べているの。食べたいなと思うと夢まででてくるのね。あのね、焼いたサンマを食べたいのよ」(70代女性)
「足が冷たくて、お腹も痛かったけど、気持ちいい」(小学生4年生女子)
(増島 智子)

水害発生から3週間が過ぎた豪雨水害の被災地では、いまだ手つかずの被災家屋も多くボランティアのマンパワー不足もあり、支援活動が滞っています。それでも現場の最前線ではボランティアは毎日泥や砂埃、カビにまみれながら必死に活動を続けています。
いまだ、手つかずの1階家屋に2階でひっそり暮らしている人、避難所では他人に迷惑をかけるからとカビだらけの自宅に戻っている人などが置き去りになっています。また農家では田んぼに流れ込んだ家屋や車などが行く手を阻み、手が付けられない場所や、収穫したお米が何百袋も水に浸かり、公的な補償もなく廃棄している状況です。

現在は主に避難所の環境改善を行っています。阪神・淡路大震災以降、女性・子ども・外国人・障害者などには配慮した避難所づくりを提案してきましたが、20年経った今でも体育館の床に毛布を引いて、間仕切りもなく、女性が着替えたり、洗濯をしたり干したりする場所もありません。

間仕切りなし_s

そこで、震災がつなぐ全国ネットワークの加盟団体などと協力しながら、避難所の環境改善を行っています。まずは、床からベッドへ、間仕切り、寒さ対策などを行いました。足腰が不自由な高齢者はベッドになり寝起きが楽になりました。ペルー人家族も今回の被災によって生まれて初めて布団で寝たということでしたが、段ボールベッドを導入すると、とても喜んでくれました。

間仕切りあり_s

ペルー人1_s

ペルー人2_s

ペルー人3_s

また、段ボールベッドだけでは硬いので、腰の悪い高齢者にはエアーマットなどで対応しました。

エアーマット_s

環境改善_s

そして、避難所のひとつであるあすなろの里では体育館に避難していた被災者があまりの寒さゆえに「私はここから生きて出れるのか」と毎日のように訴えていた人は、畳敷きの旅館の個室のような部屋へ移動してもらいました。これには保健師、看護師、施設職員、常総市社会福祉課などと連携し、行うことができました。ただ、今後避難所の統廃合に伴い看護師などの応援体制が希薄になることが懸念されています。

お引越し1_s
お引越し_s


同時に、長期化する避難生活を見据えて災害救助法を運用して被災者が安心・安全に避難生活できるように地元の茨城NPOセンター・コモンズCOMMONSさんを通して常総市や県などに、旅館や企業の保養所などを借り上げるなど、被災者に必要な施策を提言しています。

 また、足湯も避難所を中心に行っています。朝晩寒くなってきたので、底冷えがする体育館などでは女性は特に足先などが冷たくなるので、足湯は好評です。

足湯1_s

足湯2_s

足湯3_s

足湯のつぶやきを紹介します。
「普段、シャワーは使わず湯船に浸るので、風呂に入った気がしない」
「むくみが取れない」
「昔の古傷が出てきた」
「うわ~気持ちいい、今日は幸せだ」

被災者の方の一句です。
「十月を迎えて避難地あすなろに 日を追うて避難の宿寒さ哉」(10/1) 

 引き続き「活動支援金」の募集を開始しています。支援金は復興に中長期にかかわる被災者支援を行うためのボランティア活動に使わせて頂きます。

これまでの20年間の経験とネットワークを生かし、可能な限り対応していきたいと考えています。是非、みなさま方々のご支援、ご協力をお願いします。
なおこうした私たちの支援活動は、みなさまはじめ日本財団やCivic Forceさんからのご支援で行なっています。  
(増島 智子)

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